その翌月、WBC は世界戦を15回から12回に短くすると発表し、1983年1月1日から実施しました。WBA が続いたのが1987年10月、IBF が1988年6月です。
3ラウンドが消えました。何が変わったのでしょうか。
単純に前後で比べると、こうなります。
全試合を1988年で分けた場合
試合が短くなったのに、決着が増えている。面白い結果に見えます。しかしこれは誤りです。
「1988年まで」の36,677試合のうち、16,504試合が1959年以前です。その時代の決着率は35.5%で、しかも記録の残り方が今とは違います。古いデータが多く混ざっているだけで、ルールとは関係がありませんでした。1960年以降に限ると、差は10.7ポイントから1.1ポイントに縮みます。
12回制になったのは世界戦だけです。それ以外の試合は、もともと10回以下でした。だから「世界戦がどう変わったか」から「同じ時期に他の試合がどう変わったか」を引けば、時代の効果を打ち消せます。
さらに、比べる相手の距離も揃えます。1970年代の10回戦と1990年代の10回戦は、同じ長さの試合です。
予定15回の世界戦と、予定10回の無冠試合(括弧内は試合数)
世界戦は決着が9.0ポイント減り、同じ時期に無冠試合は2.8ポイント増えています。差し引き 11.8ポイント。これがルール変更に帰せられる分の推定です。比べ方を4通り変えても、-11.5 から -16.0 の間に収まり、向きは変わりませんでした。
つまり、答えは逆でした。試合が短くなって、決着は減りました。
13〜15ラウンドで停止した試合(判定は除く)
規制の順番が、そのまま数字に出ています。1983年に WBC が12回制にし、1984年から1987年にかけて WBA と IBF の15回戦が残り、1988年にほぼ消え、1989年以降は11年連続でゼロ。年ごとの件数は1桁なので1年単位で読むべきではありませんが、5年ごとに均すと 10.98 → 3.12 → 0.00 と落ちています。
消えたのは13〜15ラウンドだけではありません。12ラウンド目そのものが変わりました。
そのラウンドで決着した試合の割合(世界戦・時代を揃えて)
15回戦の中の12ラウンド目は、まだ中盤を過ぎたあたりの1ラウンドで、5.2%の試合がそこで終わっていました。12回戦の中の12ラウンド目は最終ラウンドで、2.1%。半分以下です。無冠の10回戦には、対応する現象がありません。
同じ番号のラウンドが、前に3ラウンド残っているか、残っていないかで、別のものになります。
100試合あたりで数えます。12ラウンド以降の決着が 13.9試合消えました。その行き先は、
判定が11.9試合増えました(無冠試合の変化を差し引いた後)。
11ラウンド以前の決着が2.2試合増えました(同上)。
ほぼ判定です。倒れるはずだった試合が、倒れないまま採点に回りました。
2ラウンドから11ラウンドまでの決着の起きやすさは、動いていません。差は1ポイント台に散らばり、符号も一定しません。「12回制になったから前半から飛ばすようになった」という話は、このデータには見えませんでした。
格上が勝ちやすくなったかどうかも、分かりませんでした。世界戦の格上勝率は移行前後で3.4ポイント上がっていますが、無冠試合は5.0ポイント上がっています。差し引くとわずかに逆向きで、レート差の帯ごとに符号も揃いません。
この問いには答えが出ませんでした。
15回制の時代、13ラウンド以降で終わった世界戦には、名前があります。
5試合とも、12回制なら判定で終わっていました。
「12回制のせいで決着が減った」とは言えません。言えるのは「移行を挟んで、世界戦の決着率が無冠試合に対して相対的に12ポイント下がった」までです。同じ時期に世界戦だけに起きた別のこと——テレビ放映、レフェリーが止める基準、階級の細分化——は分離できていません。そして金得九の死は、12回制の直接のきっかけであると同時に、安全に関する他の方針も同時に変えているはずです。それらは原理的に分けられません。
1959年以前については何も言えません。世界戦かどうかの印がその時代には1つも無く、この記事の枠組みが当てはまりません。
「世界戦ではない」とされた試合が、本当にそうだとは限りません。印は記事の注記欄から拾っており、1970年代の捕捉率は78%、1960年代は50%です。
出典は Wikipedia の戦績表です。世界戦ほど編集が厚く、無冠試合ほど薄い。処置群と対照群で記録の作られ方が違う、という偏りは、どの検査でも消えませんでした。
本稿の数値は 2026年9月21日 時点のデータに基づきます。データは随時更新されるため、最新の集計とは末尾の桁が異なる場合があります。